ガイドボランティア さんぽ会歴史探訪

 
 名島史跡巡りと名島城趾臥龍桜を観る
2012.04.07
 
名島・神宮寺跡(観音さま広場)で説明するガイドボランティア 
 

満開の臥竜桜 


 ガイド風景(時系列)
 

西鉄貝塚線名島駅でのブリーフィング

名島橋

岩見重太郎
誕生之地碑

観音堂前

名島
水上飛行場跡碑

名島の海

檣石の側の石積

名島の庚申塔

名島城趾臥龍桜

名島城絵図
 平成12年度第1回目のガイドボランティア「名島史跡巡りと名島城趾臥龍桜を観る」の当日ですが、朝から肌寒く参加者の減少を心配しましたが、33名の方々の参加を頂き無事ガイドを行うことが出来ました。
 低気圧で強風が吹いた後、快晴の日が続きまたので肝心な「臥龍桜」が散り初めてはいなか,心配しながらのガイドでしたが、名島城趾に着くと満開の桜が、われわれを迎えてくれました。
(午前10時西鉄貝塚線「名島駅」出発・午前12時「名島火力発電所跡解散)
 
 




 
 上和白お汐井路を往く
2012.03.25
 


 ガイド風景
 
古賀会長あいさつ  和白駅前大師堂  お汐井路  地蔵堂  弥勒堂 
小金丸邸の
古い家並み 
白川稲荷  薬師ヶ浦 湯谷山薬師堂   高藤・底樋 
  昨日夜まで降っていた雨もすっかり上がり朝からよいお天気ですが、肌を刺す風は2月上旬の気候です。
今回、上和白探訪を応募された人数は20名。追加申し込みとか、特別参加で26名になっていましたが最終的に参加人員20名のガイドとなりました。
 それぞれの班のブリーフィングも早々に上和白の探訪コースへ向かいました。
(10時和白駅前公園出発・12時30分和白東公民館解散)
探訪箇所・探訪順路
和白駅前大師堂  和白高等小学校
石碑 
地蔵堂 
地蔵様  弥勒堂と弥勒様  小金丸邸 
 明覚寺 白川恵比寿稲荷神社 
湯谷山
薬師ヶ浦入口 
薬師ヶ浦  薬師堂・地蔵堂  一字一石 
 大神神社参道 本殿  みわ杉  貴船神社 
宮前1号墳  高藤底樋 
宮前3号墳  高見堤     
 




 歩いて学ぼう・東区の歴史
平成23年度ガイドボランティア養成講座
2012.03.21
香椎宮現地実習

春を待つ香椎宮楼門 
 サムネイルしています。画像をクリックして拡大してご覧ください
現地実習風景





大分「ささむた遊歩会」の皆様
名島神社・香椎宮ご案内

2012.03.06

 
名島神社
 
香椎宮中門前石段
 
「ささむた遊歩会」の会員さんが撮られた記念写真
 
(左)名島神社 (右)ブリーフィング
 
(左)香椎宮・ご神木「綾杉」(右)境内の紅梅
 
筋塀と白梅


 
「ささむた遊歩会」の大友 悠様の作品・臼杵城跡
2012.03.15受信
上記の小さな写真はサムネイルしています。画像をクリックして拡大してご覧ください 





平成23年度第3回 東区歴史ガイドボランティア連絡会
名島・松崎地区の歴史探訪
2011.11.20


平成22年度第3回目の「名島・松崎歴史探訪」は、前日までの天候不順を吹き飛ばすかのように、カラット晴れ渡ったウオーキング日よりとなり、参加者20名と一緒に2時間弱のコースを楽しみました。



電話番号訂正 江口明彦 092-662-3763



平成23年度第2回 東区歴史ガイドボランティア連絡会
志賀島・弘歴史探訪
2011.09.10


写真提供:田中 武忠氏




平成23年度第一回 香椎ボランティアガイド歴史探訪
「古代ロマン神功皇后 伝承の地めぐり」

     


1班紅組

2班黄組

3班緑組

4班城組



 本年度第1回目の歴史探訪は、目先を変えた古代ロマンを求めて「神功皇后伝承の地めぐり」と題して実施されました。
 当日は朝から雨模様のお天気でしたが、申し込み当選した方々が続々集まられ
10時には主催者あいさつの後さんぽ会会員の森本氏から「神功皇后」についての話があり出発しました。
散策中は雨もやみましたが、主催者側の判断で途中一か所を残し本日の探訪は終わりとしました。







平成22年度 名島ガイドボランティア歴史探訪
2011.03.30

名島帆柱石の見学
 今年度最後の歴史探訪は名島城跡を散策することとなり、丁度桜の満開時期に合わせて計画されました。ですが、昨日雹が降るなど肌寒い時期が続き、桜の花も一休みの状況ですが、当日は朝から抜けるような爽やかなお天気で、集合場所の西鉄名島駅には応募で当選された40名(当日42名)の皆さんが集まられました。
 参加者の皆さんに是非とも見ていただきたかった、名島城址展望台の臥龍桜はまだつぼみの状態で残念でしたが、皆さん記念写真を撮られ満足されていたようでした。

臥龍桜(名島城址展望台)第1班(赤色グループ)

妙見島が見える場所・かもめ大橋をバックに(黄色グループ)




朝早くから集まられた参加の皆さん

古賀会長挨拶

ブリーフィング

名島水上飛行場石碑前で説明する安部会員

帆柱石

名島神社浜鳥居

名島城址石碑

太閤がお茶会を開いたという妙見島も、現在では公園の一角として残っています。(マンションが建っている場所)
名島城址展望公園から

不断梅

多々良川と名島橋(都市交下より)

名島公民館でアンケートに記入する参加者





多々良川河畔・松崎地区テストガイド
2010.12.08

臨港線・多々良川鉄橋を渡る貨物列車(渡し場付近・名島4丁目)
 名島グループのテストガイドに参加させていただき、多々良川河畔や松崎地区を回ってみました。当日は今年一番の寒さで、家を出ると冷たい雨がしとしとと降っていましたが、対象地域の散策時には雨もすっかりやみ、地域を2時間半程かけて探訪することができました。
 ただ、同地区は範囲が広く担当する班は計画に苦労されるのではないかと思いました。

散策した順路(赤線)



名島の橋を渡る臨港線の貨物列車

多々良川河畔を
出発する名島班

多々良潟
説明表示板

細川幽齋の歌碑
多々良川河畔

渡り鳥

多々良川大橋

松崎・陣の越

新川堰

菜の花の里記念碑


松崎を通る旧唐津街道

多々良川にシロウオが戻ってきた表示

旧唐津街道多々良川大橋を渡る

三面地蔵案内看板
松崎1丁目


三面地蔵

三面地蔵
拡大

三面地蔵の説明書と六地蔵

藤野小四郎翁記念碑・松崎1丁目

前松原開墾記念碑
松崎公園

蓮華坂の表示


わくろ石 松崎2丁目

わくろ石説明石 

ツワブキの花

野の花

いぼ地蔵通表示

記念碑

又通の表示

又六地蔵

お疲れ様
小学校側隧道入り口




和白地区歴史探訪ガイド
2010.11.28
五丁川・冬の到来


出発式 松田東区長あいさつ ブリーフィング(黄) ブリーフィング(白)
ブリーフィング(青) ブリーフィング(赤) 出発 沖の畑
電車のある風景 沖の畑「井関」 新開築堤へ 「ラムサール」環境保全地区の説明」
風景(和白干潟) 風景(牧の鼻とアイランドシティを望む) 二の開(新開築堤) 長年にもわたり
かさ上げれた土手
カネンテから
滑り台を望む
一の開を行く
先行パーティー
風景(五丁川)
新開築堤記念碑 立花山、二の開を
望む
対岸よりカネンテ
新開築堤を望む
ワンチャンも
渡り鳥見物
滑り台
渡り鳥展望所
波切不動尊 元禄堤防を行く
和白名物ネギ畑 和白駅前の旧家 和白公民館到着 アンケート提出


  和白地区(塩浜)ガイド内容メモ        
時間 見どころ ガイド内容 資料・留意点・メ モ
【沖の畑】
   自然開閉の「井堰」がある  二の開にもある
10:30 【和白干潟】       
ラムサール条約 「ラムサール」環境保全区域(254ヘクタール) 看板での説明
底生動物 貝、蟹、ゴカイ等生息し、これを求めて魚や鳥が集る
ミヤコドリ ミヤコドリの定期的伝来地として有名
ハマニンニク 日本の南限になっている
白浜 白浜(和白4丁目)と呼ばれ塩田であった所
【元禄堤防】
造成 約300年前(元禄時代)造った
塩田 大野忠左ェ門貞勝は「元禄築堤」を造り、塩田を開発
「30町歩」を民力を借りず 公財を以って貧民を雇って営作した
釜で煮詰め 直径二間の(エナ)塩田に散布し、 「釜で煮詰めて」食塩を作った
【新開築堤】
もう一つの堤防 200年前、150年前大暴水害が続き「もう一つの堤防」を考えた 写真一の開・二の開
工事計画 1853年(嘉永6) 豪商大山忠平、石橋七蔵は藤崎貞次に話し、金融と「工事計画」がまとまった 三苫水道
1期工事 1856年(安政3) 「1期工事」完成800間(1440m)
2期工事 1858年(安政5) 「2期工事」完成550間(1000m)
10:50 【カネンテ】
曲尺手 カネンテは「曲(矩)尺手」で、大工の曲尺は直角である 堤防のかさ上げ看板利用
海上運搬 年貢米や生活用品、和白塩など 博多との往来は小舟を利用した 宝塚
【五丁川】
5丁 塩田5丁2反があったところから5丁の名がついた
江切り 写真
11:00 【新開築堤記念碑】
記念碑 昭和34年「新開築堤記念碑」を建てた
150年前 黒田藩士松本平内を吟味役 博多の侠商大山忠平 鳥羽屋七蔵、 
菊野屋貞次をご用達とし 中国の人長尾増平を総棟梁として着工 
6年をかけ完成 広さ31町歩の塩田を畑にした
和白には古い建造物がなく和白町が碑を建てた
【試験飛行場】
開設 70年前(昭和15)開設 昔の写真
滑り台 九州飛行機(株)渡辺鉄工所の格納庫と飛行機の滑り台があった
零式 海軍の零式三座式偵察機(乗員3名)が搬入されていた
キャバレー 戦後格納庫を利用して、米軍(進駐軍)専用のキャバレーが開業した
11:30 【波切不動尊】
安全祈願 明治維新直前(慶応2)製塩も軌道に乗り、「波切不動尊」を祀って堤防の安全を祈願した
お祭り 7月28日お祭りが行なわれる
白蛇 名島の弁天さまの白蛇が海を渡って、お詣りに来ていた
【和白】
軍議地 「神功皇后御軍議地としての和白」で「日本会議最初の初源地は筑前和白」である
会議 「和白」は会議と言う意味のこと
地名 神功皇后は三韓出征の時 「和白」は軍議場として、日本最初のものであリ、地名として定着した
時間 見どころ ガイド内容 資料・留意点・メ モ
【鉄道】
香椎線 明治37年 博多湾鉄道(株)(現JR香椎線) 「西戸崎〜須恵間」が開業
駅舎 和白駅は 「掘立小屋」であった
宮地岳線 大正13年に現西鉄の宮地岳線 「和白〜新博多間」が開業
石炭運搬車 香椎線は西戸崎へ「出炭の為の鉄道」であった
国鉄が買収 昭和19年太平洋戦争のため 「国鉄が買収」した(現JR)
貨客列車 昭和60年まで「貨物と旅客」が一緒であった
立体交差 昭和41年国鉄香椎線と西鉄宮地岳線は 「立体交差」となった
めがね橋 和白川にかかる鉄道専用の 「めがね橋」が出来た
【製塩】
弥生時代  万葉集に「藻塩焼く」とある
8〜9世紀 その後も窯で鉄鍋に海水を入れて「炊いて塩を作った」製塩土器が出土している
黒田時代1703年 (元禄16) 「元禄堤防」を造り、揚浜式塩田とし大規模化した
1856年 (安政 3) 「新開築堤」を造り、一の開(1440m)を 2年後 二の開(1000m)が開発された
1909年 (明治42) 塩は専売制になる
1910年 (明治43) 製塩業終わる
製塩法  濃い塩水を取る(かん水)「採かん」法
藻塩焼き(縄文時代)ー揚げ浜式田塩ー入浜式塩田ー流下式塩田ーイオン交換膜電気透析法
かん水を煮詰めて塩の結晶を取る「せんごう」法
土器〜石釜〜網代釜〜鉄釜ー縄文時代  その後平釜(鉄釜) 蒸気利用式 真空式
塩資源 日本には岩塩や塩の湖が無い
【立花山】
和白富士 和白富士と言われている
七峰 左から白岳、松尾山、立花山(井楼岳)、他に大つぶら、小つぶら、第一足、小一足の七つの峰
城跡 1334年(建武元)大友貞載(さだとし)築造の立花城跡がある
戦い 立花山は玄界灘から博多方面、裏側の山々まで360度の眺望が効き、防衛面で重要な位置である
立花道雪が城代となり、戦国時代の攻防戦が数多くあった
島津 1587年島津藩が攻めて来て、応援の豊臣秀吉が来九の報を聞き退却をした
その時立花城下を初め、香椎宮、箱崎宮、博多一円を焼き払ってしまった
隆景 1583年(天正15)小早川隆景が筑前へ入封、35万石を与えられた
廃城 1601年(慶長6)黒田長政は立花城、名島城を解体、廃城とし福岡城を築き入城した


 和白地区歴史探訪ガイド
 




 志賀島歴史探訪ガイド
2010.09.26
 
9号万葉歌碑で説明する古賀会長
 
 サムネールしています。画像をクリックして拡大画像でご覧ください

志賀島渡船場の受付

志賀島漁港

桟橋から望む背振山群

市営渡船の入港

受付中

各班整列

古賀会長挨拶

4班ブリーフィング

3班ブリーフィング

1班ブリーフィング

2班ブリーフィング

元寇襲来の地「窿抹l」
(タナガハマ)

元寇襲来の地「窿抹l」で
説明を受ける参加者

9号万葉歌碑のガイド

目的地までの海岸散策
車が多いので
交通事故に注意
路肩にある水神様

金印公園

金印公園にある
古代地図

魚の潮風干し
金印公園前にて

荘厳寺
棟上げ式

左右左
志賀海神社 
志賀海神社 

志賀海神社社殿前で
記念撮影

境内から市内遠望
下の写真と対比して見てください

志賀公民館で
アンケート調査

庭先に咲く
ハイビスカスの花

時代は不明ですが、文字を右から読むので昭和初期でしょうか
上の写真と対比して見てください 


 志賀島地区歴史探訪ガイド
 




 香椎地区歴史探訪ガイド2010.05.30
 
 挿絵は黒瀬辰雄 氏の作品をお借りしました

 サムネールしています。画像をクリックして拡大画像でご覧ください
 

西鉄香椎宮前駅で受付

古賀会長のご挨拶

頓宮

勅使道

勅使道

菖蒲の花も4部咲き

香椎宮境内に入る

香椎宮楼門

綾杉

香椎宮神官の説明

浜鳥居

古宮

大本営

報恩寺

報恩寺の菩提樹の花

不老水
人数が多く15分待ち

JR香椎川架橋

浜男神社
 
 地図上の番号をクリックして、その場所の画像をご覧いただけます。
 
 Dの広場には香椎宮案内図の他、本殿、拝殿、中門、綾杉、楼門の画像を見ることが出来ます。
 
当日のガイドボランティア香椎地区探訪は、当初40名を募集しましたところ72名の方から応募があり、そのまま全員の方々をご案内しました。
 今後も歴史の勉強を続け、再度探訪を希望する方々も大勢ありました。

 今回72名という大所帯の中で、交通安全や時間帯など、アンケート調査の結果、今後、反省し改善を要する点も浮き彫りとなりました。

 爽やかな五月晴れのお天気の中で、初夏の風を感じながらの探訪でした。
 参加者からのアンケート集計結果はこちらからご覧ください。




和白歴史探訪リハーサル 2009.11.25
 サムネールしています。画像をクリックして拡大画像でご覧ください
早朝から珍しく濃霧 集合場所の和白公園 和白の町から散策
和白の蔬菜畑 クリーク 和白潟(立花山とRKBラジオ塔)
濃霧に浮かぶ牧の鼻公園と
アイランドシティのマンション
立花富士を眺める参加者 濃霧に浮かぶアイランドシティのマンション カネンテより滑り台を望む
新開築堤記念碑の説明を
行うガイド
奈多方面
築堤を望む
アイランドシティを望む 波切不動尊
一の開から立花山を望む
鳥が一斉に飛び立つ
白鷺飛ぶ 眼鏡橋 和白駅(左)西鉄(右)JR



東区歴史ガイドマップ(箱崎・馬出)


市政だより11/15 No.1421より転載


箱崎歴史探訪
2009.10.25(日)
筥崎宮 早朝のたたずまい
遠賀、水巻からの参加者もあり、参加者は全員で44名(ボランティアを含む)
“さんぽ会”橋本さんのガイドに聞き入る参加者(筥崎宮境内)
本殿内の千利休奉納の石灯籠(重文)の前で 筥崎宮ご神木「筥松」の前でガイドする“さんぽ会”吉村さん
藩主黒田長政建立の「一の鳥居」
交通量が多い「玉取恵比寿神社」前 網屋町「車僧観音」前





名島歴史探訪

栄華を誇った城下町 福博歴史探訪(驚きと感動):ボランティアガイド平野隆之氏


2009.09.27(日)
朝から厳しい日ざしが照りつける集合場所・西鉄名島駅
名島神社境内の「庚申塔」の説明を行う定点説明者
名島城の説明を行う定点説明者
名島神社について説明するサポーター
名島橋が見渡せる場所で記念写真(グリーンG)
 ボランティアガイド名島歴史探訪は9月27日(日)に実施されました。
当日は9月も下旬というのに、朝から強い日ざしが照りつける残暑厳しい日でした。
 今回の名島歴史探訪には40人募集しましたところ、メディアの宣伝よろしく92人の申し込みがありました。厳正な抽せんが行われ50人の方々をガイドすることになりました。
 西鉄名島駅9時30分集合。10時にそれぞれ10人の小グループにわかれ出発。コースは下記の順序でガイドしました。
1.西鉄名島駅
2.大名通り
3.お観音様広場
   岩見重太郎誕生の地
   天台宗 神宮寺跡 ・・・・・龕塔碑
4.内堀通り ・・・・・・・・お堀跡.名島城三の丸跡
5.引き込み線通り・飛行場道との出会い
6.都市高下を通りリンドバーグ通りへ
7.名島水上飛行場跡
8.妙見島が見える広場
9.帆柱石海岸通りを通って帆柱石へ
10.名島神社前・・・・・黒崎海岸・・・・・・・名島神社、名島城址
11.名島神社、宗栄寺をへてダンベ弁天通りへ
12.名島水力発電所跡碑
13.都市高下を通り名島水力発電所通りへ
14.名島橋が見える地点
15.西鉄名島駅解散
以上行程約2時間 約6,500歩 3.5`